太陽光発電技術

この話も子供の頃からの経験が関係してるんですが。私が子供だった頃、人間は科学技術の発達と本来持っている優しい心によっていつか全世界の人から苦しみを取り除くようになると思っていました。そのために必要なのは人間の力ではできないことを成し遂げる驚異の肉体を持つロボットの開発と、それらを動かすためのエネルギーが必要です。

その頃、電気エネルギーはとてもシンプルなもので、人類が作り出したものではないことや、そのエネルギーをどうやって作るかと言う話をよく読んでいました。石炭や石油、水力発電所の環境破壊問題に比べて原子力はとてもクリーンで小さな原料からとても大きなエネルギーが取り出せるすごい技術だということでした。ロボットと原子力この2つは夢のような人類の幸せの未来に必要だと思っていました。簡単に言うと鉄腕アトムというマンガのとおりなんです。この中に原子力とは別に太陽光エネルギーを吸収して動くロボットがいました。じつはそちらのロボットに強く惹かれてしまったのです。

時代は代わり大阪万博の頃、私は中学生で豊中の大阪万博会場には茨城県東海村から原子力の電気が送られてきて電球をともしていました。私も見に行きましたが、なんだか不安な感じがしました。万博会場は科学の未来を信じる日本人で溢れていましたが、その会場の周辺では裸で踊りながら反万博を訴えているお兄さんやお姉さんがいました。普通ならそっちじゃないのでしょうけれど、私はついていくならこっちだなと思っていたその時小さな太陽電池を見ました。これはすごいことだと感じたのです。

おとなになった私は、ロボット屋にも原子力産業にもゆかず、コンピュータ屋とヒッピーを兼業していました。ヒッピーの中にも電子工学や電気工学に詳しい人がいました。私は自分で使うものはできるだけ自分でわかっているものにしておきたいという考えになっていて、太陽光発電なら自分でできると思うようになっていましたが、とても高価でした。

1990年代にヒッピーの聖地国立市の友人 櫻井薫さんが自立式の太陽光発電を家につけました。私はそれを見学に行き、自分でもパネルを集めて家につけるようになりました。そういう全国の仲間が10人ほど集まって自立式太陽光発電の会みたいなものをつくりました。東松山の丸木美術館が太陽光発電をしているというので全国からみんなで泊まり込んで飲みながら徹夜でどうやって広げてゆくかという会議をしました。メーカーの価格は今1軒3000万円から1500万円まで下がってきたがおかしい。我々がつければ一軒600万円だろう。しかしそれでも費用が高いことは課題だ。
そしたらその席に来ていた1人がじつは通産官僚で「僕が年間100件で一軒300万円とかの予算をもらってくるから、助成金にしたらいいんじゃないか」という話になって、できたのが新エネルギー財団でした。びっくりしましたよ。いまの太陽光発電施策の誕生の瞬間に立ち会ったんですよね。

それから四国で2軒目の太陽光発電所を自力で申請して作ったりいろいろやりました。福島の事故は深刻です。世界は原子力抜きで進んでいます。ということで、本当はここに見に太陽光発電の仕組みを書こうと思っていたのですが、それは次回にします。続く!