2014年2月、横浜で明治以前から続く老舗の印刷会社の大川社長から、亡きお兄さんが乗っていたVOLVO Amazon 122s 1970 を譲り受けた。10年近く倉庫に保管されていた状態であった。

エンジンはかかったものの劣化した部品やこれまで7人のオーナーの修理によって問題もあった。すぐに壊れたり調子が悪いので年に数十キロしか乗らなかったようだ。

普通にツーリングに行けるような車にしたい。しかし車が二台有れば私もちゃんと直さないのではないか。心を決めて愛車のVolvo 945 turbo SE を手放し、amazon 一台にした。

12月に横浜から持って帰る途中でマフラーは折れる、キャブが絶不調でエンストする。シートは床までへこんでいる。外装のモールはガムテープで貼られていた。10キロ走るとエンストする状態だった。

これだめなんじゃないかと途方に暮れかけたとき、インターネット上にVAF(ボルボアマゾンファンクラブ)というグループを見つけた。連絡をとってみると、アマゾンの部品はほとんど入手可能。ひとりで数台持っている人も居る。しかもなんと家から数百メートルのところにVAFメンバー三人が入れているベテラン工場もあったのだ。

そこから先は早かった。自分でできることと、先輩に聞くことと、工場に頼むことを分けて修理をはじめた。

春にはあちこち走れるようになり、足回りを直して、春の高山ツアーに出たのだった。そして4年かけて外装以外ではエンジンのオーバホールを除いてちゃんと走れるようになった。そのとき私の所にはおじさんからもらった2オーナーの1969年式アマゾンが嫁に来ることになり、東京の借家住まいでは2台所有することは叶わず大川号は次のオーナーへ譲ることになったのだ。

この赤白サンタ号は約1年半乗り倒して、1号で得たノウハウと部品類で徹底的に整備しとても機嫌良く乗っていたのだが、千葉を走行中の2月22日に事故に遭い全損となった。

失意のままにいたとき、アマゾン探せば?という知人達の声もあり、良い個体は入手しずらくなってきてるが、直せるでしょう?といわれ、本体探しを始める。きしくもコロナが流行の兆しを見せ始めた時期だった。

いくつかの候補車両の中で知人達から2台をチョイスし、長年倉庫に入ったママなのを復活させる計画に取り組む。事故に遭った車と3コ2ができるだろうということだった。

ひとつは公開できるようになった。愛知の山の中に保管された123GTの2L右ハンドルだ。この車両はシリーズ最強で13台しか作られず、現存しているのは1台しか確認されてない。オーナーの123GT 1.8Lの部品取りに使われて、フロント回りは欠品しているし、今となってはレア部品としてセットで50万円以上するGTパーツは取り外されていた。しかしエンブレムや書類、車体番号はまちがいなくレアものだった。こうして名古屋kら千葉へ運ばれて自己再生がはじまった。

みんから アマゾン復活への道のり